妖怪えずきジジイの話

えずき＝嘔吐き、吐き気を催すこと。

えなりかずきの略ではない。

大学時代、自宅アパートの隣に毎朝すごい声でえずくお爺さんが住んでいた。

この目で見たことはないので、どんなお爺さんなのかは分からない。ただ、家の中でも聞こえてくるくらいデカい声でえずくのだ。

オエ〜、とかではない。

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！

て感じ。一緒に血も吐いてない？

アメリカの田舎の少年が　"cock-a-doodle-doo"で目覚めるならば、大学生だった私は「オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！」で朝を迎えていた。

最初は近隣ガチャを外したかと思っていたが、暫くすると慣れた。毎朝えずく以外は無害だし。

ある日の朝、いつものえずきで目が覚めた。今日は休日、そのまま二度寝に入る。

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！

いつにも増してえずきが大きい。

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！！

そしていつもより長い。

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！！！

流石にうるさい。というか大丈夫か？ここまで長いと心配になる。ベッドから立ち上がり、窓からえずきジジイの家を眺めてみる。寝惚け眼で窓の外が白くぼやける。

視界はぼやけたまま。えずきだけが聞こえる。

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！！！

更に大きく、

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！！！

更に鮮明に、

聞こえてくる。

斜め後ろから。

何故か惹かれるように振り向いた。

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！！！

えずきジジイはえずいていた。

体育座りをして、

私の部屋の隅で、

こちらを見て、

オ゛ゥエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛！！！！！

という夢を見た。ガチで見た。

30年弱の人生で、飛び起きるようにして目を覚ましたのはこの一度きりだ。

まだえずいてるのかな。